由布の院異聞その5

d0248399_9373619.jpg由布の院異聞その5~閑話休題~ 
由布院の名所?である金鱗湖。訪れた観光客の方々は「これが湖?まるで大きな池じゃない」と首をかしげる。確かに「大きな池」なのだ。
 では、なぜ金鱗湖が極めて小さな湖として有名になってしまったのか。金鱗湖の龍伝説は後におくとして、その由来と不思議に目を向けてみた。
 昔、金鱗湖は岳下(たけもと)の池と呼ばれていた。(由布岳の下にあるこの地域は、現在でも岳本地区と呼ばれている)その岳本を明治17年、幕末の儒学者として有名な「毛利空桑」が病を治すために湯治に訪れていた。当時から、由布院村は小さな湯治客のための小さな温泉場だった。(その頃は、湯平温泉の方が温泉場としては有名を馳せていた)その湯治の合間、空桑は散策の途中、岳下の池に立ち寄る。頃は夕刻、湖面を眺めていると鮒であろうか、ハエであろうか、夕日のさす湖面に、魚が飛び跳ねた。一瞬、その鱗がキラリと光る。夕日を浴びた魚の鱗が金色に光った様に空桑の目に写った。「美しい。岳下の池と言う俗称しかないのでは・・・。金鱗湖と名づけては如何か」ということで、それ以来、金鱗湖と呼ばれるようになったと言う。
 それ以来、地元では、池であろうが、湖であろうが、金鱗湖は金鱗湖なのだ。
 金鱗湖の大きな特徴として、湖の中からお湯と清水が湧き出していることだ。由布岳に向かって、左側からは「温泉」が、右の神社よりからは「清水」が湧き出している。湖底には、それらの「釜」(地元の人は、それぞれ「湯釜」「清水釜」と呼ぶ)が七つほどあると言う。湖底で温水と冷水がぶつかり合い、混ざり合う。自然の不思議としか言いようが無い。お魚さんたちにとって、暮らしやすい環境がそこにはあるに違いない。
 事実、金鱗湖での冬の遊びの中に「魚捕り」があった。昔の金鱗湖は、水も綺麗で今のように汚れてはいなかった。そこで、冬でも、下ん湯で体を温めて金鱗湖へと裸で泳ぎ出る。(昔は露天から金鱗湖と繋がっていて、フルチンの姿でそのまま泳ぎ出ることができた)湖底の湯釜めがけて潜る。筒状にへこんだ湯釜の中には、いろんな魚たちがゆったりと泳いでいるのだ。そこで手を叩く。お魚さんたちは、びっくりして、慌てて逃げようとする。幾匹かの魚は、その拍子で、釜の周囲の柔らかい泥の中へと顔から突っ込んでしまい、身動きがとれなくなってしまう。そこを、何の造作も無く、手で魚を捕まえ、湖面へと浮上するわけだ。
 もちろん金鱗湖は1年中、子どもたちの遊び場であったことは言うまでもない。40年ほど前までは、湖の真ん中あたりに飛び込み台もあったように記憶している。湖畔には、菱の実も自生し、笛を作ったりして遊んでいた。その後、民家や宿などが増えていき、多量の、土砂を含んだ雨水や汚水が流れ込むようになってしまった。今や、湖底はヘドロの堆積で歩くもままならぬようになってしまっている。残念。
 湖面に立つ湯気、もや、霧は湖底が汚れても、今も変わらなく美しい。有名な朝霧の発生の起因のひとつとも言う。四季を通じて、周囲の木々と湖の空気を味わうことが、ただ単に温泉を楽しむだけの温泉地ではない、一つの癒しの哲学を感じさせてくれる。
 由布院では、朝寝坊は損。「早起きは三文の得」早起きして、金鱗湖の周りを散歩してみては如何かな。冬の金鱗湖は、凛として、特に美しいから・・・。
by fumotoya | 2012-01-04 09:43 | 由布の院異聞


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