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由布の院異聞その3  金鱗湖のお話し

由布の院異聞その3
d0248399_21142525.jpg 由布院の名所?である金鱗湖。訪れた観光客の方々は「これが湖?まるで大きな池じゃない」と首をかしげる。確かに「大きな池」なのだ。
 では、なぜ金鱗湖が極めて小さな湖として有名になってしまったのか。金鱗湖の龍伝説は後におくとして、その由来と不思議に目を向けてみた。
 昔、金鱗湖は岳下(たけもと)の池と呼ばれていた。(由布岳の下にあるこの地域は、現在でも岳本地区と呼ばれている)その岳本を明治17年、幕末の儒学者として有名な「毛利空桑」が病を治すために湯治に訪れていた。当時から、由布院村は小さな湯治客のための小さな温泉場だった。(その頃は、湯平温泉の方が温泉場としては有名を馳せていた)その湯治の合間、空桑は散策の途中、岳下の池に立ち寄る。頃は夕刻、湖面を眺めていると鮒であろうか、ハエであろうか、夕日のさす湖面に、魚が飛び跳ねた。一瞬、その鱗がキラリと光る。夕日を浴びた魚の鱗が金色に光った様に空桑の目に写った。「美しい。岳下の池と言う俗称しかないのでは・・・。金鱗湖と名づけては如何か」ということで、それ以来、金鱗湖と呼ばれるようになったと言う。
 それ以来、地元では、池であろうが、湖であろうが、金鱗湖は金鱗湖なのだ。
 金鱗湖の大きな特徴として、湖の中からお湯と清水が湧き出していることだ。由布岳に向かって、左側からは「温泉」が、右の神社よりからは「清水」が湧き出している。湖底には、それらの「釜」(地元の人は、それぞれ「湯釜」「清水釜」と呼ぶ)が七つほどあると言う。湖底で温水と冷水がぶつかり合い、混ざり合う。自然の不思議としか言いようが無い。お魚さんたちにとって、暮らしやすい環境がそこにはあるに違いない。
 事実、金鱗湖での冬の遊びの中に「魚捕り」があった。昔の金鱗湖は、水も綺麗で今のように汚れてはいなかった。そこで、冬でも、下ん湯で体を温めて金鱗湖へと裸で泳ぎ出る。(昔は露天から金鱗湖と繋がっていて、フルチンの姿でそのまま泳ぎ出ることができた)湖底の湯釜めがけて潜る。筒状にへこんだ湯釜の中には、いろんな魚たちがゆったりと泳いでいるのだ。そこで手を叩く。お魚さんたちは、びっくりして、慌てて逃げようとする。幾匹かの魚は、その拍子で、釜の周囲の柔らかい泥の中へと顔から突っ込んでしまい、身動きがとれなくなってしまう。そこを、何の造作も無く、手で魚を捕まえ、湖面へと浮上するわけだ。
 もちろん金鱗湖は1年中、子どもたちの遊び場であったことは言うまでもない。40年ほど前までは、湖の真ん中あたりに飛び込み台もあったように記憶している。湖畔には、菱の実も自生し、笛を作ったりして遊んでいた。その後、民家や宿などが増えていき、多量の、土砂を含んだ雨水や汚水が流れ込むようになってしまった。今や、湖底はヘドロの堆積で歩くもままならぬようになってしまっている。残念。
 湖面に立つ湯気、もや、霧は湖底が汚れても、今も変わらなく美しい。有名な朝霧の発生の起因のひとつとも言う。四季を通じて、周囲の木々と湖の空気を味わうことが、ただ単に温泉を楽しむだけの温泉地ではない、一つの癒しの哲学を感じさせてくれる。
 由布院では、朝寝坊は損。「早起きは三文の得」早起きして、金鱗湖の周りを散歩してみては如何かな。冬の金鱗湖は、凛として、特に美しいから・・・。
by fumotoya | 2011-08-27 21:16 | 由布の院異聞

由布の院異聞(2)

 時は流れ、律令の時代。この由布院に「院」が置かれる。「院」とは物品を保管する倉のことで、由布院の地名の元となった柚富(楮から作られた繊維)を保管する「院」が設置されていたことをご存知の方は多いと思う。「柚富郷(ゆふごう)、郡(こおり)の西に在り。この郷の中に栲(たく)の樹(き)、多(さわ)に生(お)いたり。常に栲の皮を取りて以ちて木綿(ゆふ)に作れり。困(よ)りて柚富郷と曰(い)ふ」(豊後国風土記)の一文はいろいろな場面で目にする。しかし、ここでも何ゆえ由布院にという疑問が沸いてくる。確かに当時貴重であった繊維製品の産地であるということもある。柚富で織られた布は、よく神事などに用いられていた。
 もう一つ、由布院にこの頃設置されていたものがある。「駅」だ。駅という字が、馬へんであることで分かるように、昔の駅は、馬便の停留所であり、馬の交換場所でもあった。その「駅」が由布院に在ったのだ。(金鱗湖入口のところにあるローソンの近くにあったと言われている)
 モノが産まれ、モノが流れる。またモノを運ぶための手段が考えられ、そこにヒトが集まる。そして、ヒトが集まることによって、情報が流れる。そういった一つのチャネルが、この律令の時代から由布院では形成されていた。そう考えるのが自然だろう。そして、こういうヒト、モノ、カネ、情報の循環が、由布院の風土を培い、現在の由布院の一風変わった?文化の楚になっていったとは考えられないだろうか。とにもかくにも、環境と風土と地理的なポジション、スケール感が現在の由布院の源にあることは間違いない。
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by fumotoya | 2011-08-14 20:53 | 由布の院異聞

拍手と合掌

 今日は朝から高校野球観戦だ。地元大分県代表の明豊高校の試合第一試合からある。おそらく勝利すると思っているが、高校野球は何が起きるか分からない。そこがまたおもしろいのだが。
仕事をしながらながら観戦なのだが、なかなか両チームとも得点がはいらない。いらいらしているとようやく三塁打でチャンスを迎える。おっとその後にも次から次へと三塁打。いつの間にか6点ねのゲット。楽勝だワイと猫ちゃんたちの朝ごはん作り。数が多いだけに手間もかかる。そして、一ヶ月半位前に誕生したのであろう赤ちゃん猫への給餌。注射器で猫の赤ちゃん用ミルクとスープを与える。今日はいくらか元気になったように感じるのだが、如何せん痩せすぎていて体力がないから心配だ。自分たちは、この猫に「チビクロ」と名前を付けて、育児放棄をした親猫に換わって面倒を見ているのだ。育児放棄をしたのも、彼が障害を持って生まれてきたからなのだろうと思う。後ろ足に力が入らずに、かろうじて前足の力だけで這いずり回る状態だ。最初のうちは母乳にありついていたのだが、二週間ほど前からは親猫は知らん振りを始めた。
 それから体力を消耗、とても生きていける状態ではなくなってしまった。もっと早く保護してやればと悔やまれる。家の中の大きなゲージの中での寝たきりの闘病生活が始まった。そして今日、危篤状態を迎え、近いうちにいつかはこうなると予想はしていたものの、この世に生まれて、ほんの僅かの時間しか、猫でいられない現実に寂しさを覚える。「がんばれ、チビクロ!」高校野球以上の声援とスキンシップを贈るが、その眼力は弱い。明日の朝までが峠かもしれない。手を合わせ、とにかく祈る。「神様、仏様、キリスト様、この小さな命をお救いください」と。
 傍らで我が家の猫たちも心配しているのだろうか、寂しそうな鳴き声をチビクロに向かって呼びかけていた。
■写真は力のなくなったチビクロ
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by fumotoya | 2011-08-12 21:42 | 猫ちゃんスタッフ騒動記

今年の8月9日

 お盆を前に今日は満館となる忙しさ。うちにしては珍しいことだ。お客様に感謝。
 今日は長崎での記念式典、お昼前に黙祷し、ヒロシマに続き、ナガサキの犠牲者の方々の鎮魂を静かに祈った。併せて、歪のではじめた現代社会の混迷に、将来に亘る「平和」と「平穏」をお願いし祈念する。戦後66年が経過し、前の大戦も昔話となり、風化しようとしている感が否めない。自分たち戦後派こそが、先人の苦労を引き継ぎ、伝承していかねばならない話がたくさんあるなんて気持ちが歳とともに強くなってくるから不思議だd0248399_19531039.jpg
 なんてことを殊勝にも思いつつ、不健康な体をいたわりつつ、仕事のお手伝いをする。しかし「猫の手にもならない」ようだね。猫のご飯の用意でもするかな・・・。空を見上げると、怪しい雲がムクムクと立ち上がっていた。
by fumotoya | 2011-08-09 19:55 | 長閑なる毎日

カエルという名の猫

14~5年前までは、我が家にはワンちゃんたちだけでニャンコはいなかった。それがいつの間にか猫ちゃんたちに占領され、今は亡き愛犬たちもニャンコたちに気を使いながらの晩年を遅らせることになってしまった。救いは、ワンちゃんたちが気を使っていたからか、犬猫の関係は至極友好的で愛情さえも見て取れるようなきがしていた。
 思い起こせば、最初に我が家に居候した猫ちゃんは「カエル」クンという名のオス猫だった。カエルという名がついたのも、ニャンという猫らしい鳴き方をしないでまるでカエルが鳴いているかのようにゲロロと声を発していたからに他ならない。その頃、我が家には三頭のワンちゃんが暮らしていたが、居候にもかかわらず彼らの食器に頭を突っ込み、共に食事をしていたカエル君だったのだ。
 今の猫たちからすれば、カエル君こそが、猫ちゃんたちの居留地として我が家を開拓した、功労者に他ならないだろう。人間の世界であれば、銅像の一つくらい建っていてもおかしくはない。
 そんなこんなで、猫ちゃんたちもいつの間にか当たり前のように同居人となり、現在に至っているのだ。そんな我が家の猫たちの系譜を少しずつ思い起こしてみることにする。d0248399_2102446.jpg
by fumotoya | 2011-08-07 21:01 | 猫ちゃんスタッフ騒動記

アジア人ツーリスト排斥なんて・・・

 台風の余波だろう。風が時折強く吹き、雨も激しく降っている。週末を由布院で過ごすお客様にとっては、何とも恨めしい天気だ。皆さん傘をさして、湯の坪街道界隈を行き来している。その手には、お土産であろういくつもの紙袋がぶら下がっている。いつもの風景だ。
 そして時折聞こえてくる中国語の会話。福島の原発事故騒動で離れていた中国人の旅行者が、少しずつではあるが戻ってき始めているのだ。由布院の賑わいの一端を彼らは担っている。
 しかし、どうも由布院では「外国人旅行者」を歓迎していないようなことを最近時々耳にする。それも欧米人は良くて「アジアの旅行者=韓国、中国からのツーリスト」のみの話らしい。例えば「案内標識などには、日本語、英語、中国語、韓国語」の四ヶ国語表示はしない方針だと、ある観光団体の役員さんが話していた。「どうしてですか」と尋ねると「由布院には、四カ国表示は似つかわしくない」んだそうだ。何が似つかわしくないのかは分からない。日本語と英語だけで十分なのだそうな。何処の観光地も、アジアのツーリストを呼び込もうと躍起になっているのに、とにかくびっくりする。このグーローバルな時代に、何と差別的、保守的なんだ。要するに「アジアの観光客はいらないよ」と暗に言っているわけで、「行儀の悪い、由布院のイメージに合わないアジアの方々は上品で、気品のある町づくりをしてきた由布院には来ないで欲しい」といことらしい。
 これが由布院の今を生きる若い人たちの大方の考え方なんて思いたくはないけれど、将来の由布院観光を戦略的に考えると、本当にこれでいいのかと疑問に思う。地球規模での思考というものが欠落したままで、由布院のみ世界市場で生き残るとでも思っているのだろうか。十年もしないうちに行き詰ることは目に見えているのではなかろうか。「人類は皆兄弟」なんて博愛の精神は、これからの由布院には存在しないのかもね。寂しい町になってきた。
 道路を楽しそうに歩く、中国人のグループを見て、ふとそんなことを思ってしまった。
 雨が上がり、ちょこっと青い空が見えてきた。明日、天気になーれ。d0248399_2143026.jpg
by fumotoya | 2011-08-06 21:50 | 長閑なる毎日

由布の院異聞1


「由布の院異聞1」 
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昔々、そのまたずーっと昔、由布の盆地は湖であったそうな。由布岳は火の山、その麓に広がる小さな山々と草原、そして湖。その湖のほとりには、当然のことながら幾つかの集落が存在した。当然って?そう、暮らしに必要な水があり、絶好の狩猟の環境も整い、さらに火の山というシャーマニズムの対象があったからだ。湖畔の原始人たちの生活は豊かであったはずだ。一山越えれば海もある。物々交換という手段での交易も始まった。「鹿の肉とその黒曜石と交換しよう。黒曜石は矢じりにするのにいいんだ」
 石器時代から、この由布の里は人とモノと情報の行き来する場所であったのかもしれない。
 時は流れ、邪馬台国が出現する。邪馬台国については、その場所についていろいろ諸説があるが私は「宇佐・院内説」を信じたい。地名から考察しても、なぜ「日出」なのか。なぜ「日出生台」なのか。そして「塚原」「高天原」。その西側にはきっと大きな権力を持ったクニが存在したはずだ。この話を書くととてつもなく長くなってしまう。由布院のはずれにある「日出生台」だけを考えると、「日の出が現れる台地」がそのクニの東側にあったということではなかろうか。もっと単純な地名が「国東」だ。クニの東ということ。そのクニとは一体何を意味するのだろう。そして、九州の地に、八幡社の総本社である宇佐神宮が建立されたのは何故だろう。
 その邪馬台国のエリアの中、或いは近接した場所に由布の里は存在していたと見るのはとてつもないばかげた話なのだろうか。ロマンある妄想か。しかし、現在、由布院に人や物が集まってくるのは、そういった時の流れの中にあった事実からかもしれないのだ
by fumotoya | 2011-08-04 09:04 | 由布の院異聞

はじめまして

由布岳の麓にある、麓舎(ふもとや)の女将を目指している三毛猫の「ミーケ」です。こう見えても子供もいるのよ。「ジーロ」っていうやんちゃ坊主。今度写真をお見せするね。ということで末永く可愛がってくださいな。d0248399_156512.jpg
by fumotoya | 2011-08-02 15:06 | 猫ちゃんスタッフ騒動記


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